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仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)742号 判決 1991年1月22日

原告

松野幸人

右訴訟代理人弁護士

松倉佳紀

右訴訟復代理人弁護士

高橋春男

被告

塩釜缶詰株式会社

右代表者代表取締役

岩崎喜作

右訴訟代理人弁護士

渡邊正治

主文

一  被告は、原告に対し、金六八八万〇三八二円及びこれに対する昭和六〇年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金八九九万七〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和二三年八月一日、訴外清水水産株式会社(以下、「清水水産」という。)と雇用契約を締結し、同社に勤務していたが、昭和四七年四月一日、同社から、同社との雇用契約を継続したまま被告への出向を命ぜられて、同日から被告に勤務した。そして、原告は、昭和五三年九月三〇日、清水水産から出向を免ぜられたため、同社との雇用契約はこれにより終了した。

2  次いで、原告は、同日、被告との間で雇用契約を締結し、以来被告に雇用されてきたが、昭和六〇年三月三一日をもって被告を退職した。

3  清水水産の退職金支払基準は、退職時における基本給と物価手当を加算した額に勤務年数を乗じ、更にそれに勤務年数に応じた係数を乗じて算出するというものであって、原告が清水水産を退職した昭和五三年九月三〇日の時点では、原告の基本給一三万五三〇〇円、物価手当四万五五九〇円、勤務年数三〇年二か月、係数は1.5であるから、これに基づいて算出すると、清水水産が原告に支払うべき退職金は八一八万五二七二円となる。

4  清水水産は、昭和五三年九月三〇日、原告の出向を免じた際、その時点において同社が原告に対して支払うべき退職金相当額を被告に支払い、被告に右退職金支払義務の履行を委託した。

5  被告会社の退職金支払いの基準は、清水水産のそれと全く同一内容であって、原告が被告を退職した昭和六〇年三月三一日の時点では、原告の基本給一三万五三〇〇円、物価手当五万一〇〇〇円、勤務年数六年六か月、係数は1.1であるから、これに基づいて算出すると、被告が原告に支払うべき退職金は一三三万二〇四五円となる。

6  原告は、被告に対し、昭和六〇年五月二五日、右3及び5の退職金の合計額を支払うよう請求した。

7  よって、原告は、被告に対し、清水水産からの委託に基づいて原告に支払うべき退職金八一八万五二七二円、原告の退職に基づき被告が原告に対して支払うべき退職金一三三万二〇四五円の内金八一万一七二八円及びこれらに対する弁済期経過後である昭和六〇年四月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

請求原因1のうち、原告と清水水産との雇用契約の締結の日時は知らない。その余の事実は認める。同2ないし5はいずれも否認する。同6は明らかに争わない。

被告は清水水産との間で、原告が主張するような退職金支払の履行の委託を受けたことはないから、被告が原告に対し清水水産に代わってその退職金を支払うべき義務はない。

また、被告は、昭和五六年一一月二五日、当時被告の業務課長であった原告を、粉飾決算に関与して被告に相当な損害を与えたことに基づき、就業規則六九条二項により懲戒解雇し、次いで被告は同年一二月一五日、改めて原告を採用したものである。そして、原告は昭和五九年一二月三日停年となったが、被告は昭和五九年一二月四日原告を嘱託社員として雇用したものである。したがって、昭和五六年一二月一五日から昭和六〇年三月三一日までが被告が原告に対して退職金を支払うべき期間であり、これについて被告が原告に対して支払うべき退職金は、被告の退職金規定及び退職金支給特例の定める退職金支払基準によれば、原告の右就職した昭和五六年一二月一五日から停年の昭和五九年一二月三日までの二年一一か月は、基本給一三万五三〇〇円、係数は0.5であるから一九万七三一二円となり、停年後の昭和五九年一二月四日から退職の昭和六〇年三月三一日までの嘱託社員としての期間四か月は、基本給一三万五三〇〇円、係数0.5として計算した額の三分の一であるから七五一六円となる。そして、被告は原告に対し、昭和六〇年五月一五日にこれらを合計した二〇万四八二八円を支払済みであり、しかもその際右計算については原告の異議がなかったもので、もはや被告が原告に対して支払うべき退職金は存しない。

理由

一原告は従来清水水産と雇用契約を締結し、同社に勤務していたこと、昭和四七年四月一日、原告は同社から同社との雇用契約を継続したまま被告への出向を命ぜられて、同日から被告に勤務したことは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、原告が清水水産と雇用契約を締結したのは、昭和二三年八月一日であったことが認められる。

二1  〈証拠〉を総合すると、被告は、昭和二八年に設立されたが、その後まもなく経営不振に陥り、清水水産の子会社としてその支配下に置かれることとなり、そのため、清水水産の代表取締役が被告の代表取締役を兼務するほか、清水水産から被告に社員が出向することもあり、原告も昭和四七年四月一日に被告に出向を命ぜられて、同日以降被告に勤務していたこと、被告は、昭和五三年九月三〇日、清水水産から独立したが、それまで清水水産から被告に出向していた者は、本人の希望によって、清水水産に戻るか被告に留まるかを選択することになり、原告はこのとき被告に留まることを望んだので、清水水産から出向を解かれて同社を退職するとともに、以後被告の社員として被告に勤務することになったことが認められる。

2  被告は、昭和五六年一一月二五日、当時被告の業務課長であった原告が粉飾決算に関与して被告に相当な損害を与えたことを理由に懲戒解雇し、その後同年一二月一五日、再び原告を採用し、原告はその後昭和六三年三月三一日まで被告に勤務した旨の主張をしており、〈証拠〉はこれに沿う供述をする。しかし、〈証拠〉によれば、原告は昭和四八年当時被告の業務課長の地位にあり、当時の被告の総務課長若杉更一郎から、被告の対外的な信用のためにはどうしても決算で黒字とならなければならず、そのため決算書に添付する架空の棚卸表を作成する必要があるから協力して欲しい旨の申入を受け、以後昭和五三年に現在の被告代表者に知られるまでこれに協力していたものの、原告はこれを自己の不正行為の隠ぺい、あるいは役員の不正な賞与の取得、蛸配当などのために行ったわけではなく、もっぱら会社や従業員の利益のためにはやむをえないと考えて行なったものであること、また、原告は、被告が原告を解雇したとする昭和五六年一一月二五日当時、被告から懲戒解雇の通知を受けていないこと、原告には就業規則第六九条二項を根拠に懲戒処分が発令されたとされているが、同条項は無断欠勤を理由とする解雇を定めるものであって原告の場合にはあたらないこと、原告は昭和五六年一一月、一二月にはその前後と変わりなく被告から給与の支払いを受け、また社会保険の関係でも被告との解雇が継続していた形となっていること、原告は、昭和五六年一二月になって、被告の求めにより、被告に対し、「始末書」、「詫び状」、「誓約書」といった書面を提出しているが、これらの書面は雇用主が従業員を引き続き雇用する場合に要求する性格のものであると考えられ、これらの書面が原告の解雇を前提として徴求されたとするのは不自然であること、被告は昭和五八年七月一七日に開催した創立三〇周年記念式典において、原告を勤続一〇年以上の者として表彰していることが認められ、これらの事実によれば、被告が原告を有効に懲戒解雇した事実があったものとはいえない。

3  以上によれば、原告は、昭和五三年九月三〇日から昭和六〇年三月三一日までの間、被告との間で雇用関係にあったものと認めるのが相当である。

三〈証拠〉によれば、原告が清水水産を退職した昭和五三年九月三〇日当時、清水水産の退職金規定が定める退職金支払基準は、退職時における基本給に勤続年数(一年に満たない期間は月額により計算し、一か月に満たない期間は切り捨てる。)を乗じたうえ、それに勤続年数一年以上から三〇年未満までを七段階に区分した勤続年数に対応する支給率を乗じて算出し、本人の都合で退職する場合にはさらにこれに所定の割合を乗じて減額し、また、三〇年以上については、右に準ずる額において会社で決定支給するという内容であったこと、退職当時の原告の基本給は一か月一三万五三〇〇円であったことが認められる。そして、原告は昭和二三年八月一日から昭和五三年九月三〇日まで清水水産と雇用関係にあったことはすでに認定したとおりであるから、これによれば原告の清水水産への勤続年数は三〇年二か月となるものであるところ、清水水産が原告についての退職金額をどのように定めたか明らかでないが、少なくとも勤続年数三〇年未満の場合を下回ることはなかったと認めうるから、支給率を勤続年数二六年以上三〇年未満の場合の1.5を適用して原告に支払われるべき退職金額を計算すると、六一二万二三二五円となる。

なお、〈証拠〉は清水水産の退職金規定であり、そこには、退職金の支払基準としてその計算の基礎には、基本給に「物価手当」を加える旨の記載があるが、右退職金規定が効力を有していた時期が不明であるうえ、これを除いた前記各証拠によれば、清水水産と退職金計算の方法を同じくする被告では、退職金の計算の基礎となるのは基本給に限られていること、また、清水水産も後述のように、被告と退職金負担の調整をする際、その前提としてやはり同様に基本給のみを計算の基礎に考えていたことが認められるから、〈証拠〉の右記載が前記認定を妨げるものではない。

四〈証拠〉によれば、被告が清水水産から独立する昭和五三年九月三〇日以前においては、清水水産から被告へ出向している社員が出向中に停年を迎えた場合には、清水水産で勤務していた期間は清水水産が、被告で勤務していた期間は被告がそれぞれ負担し、清水水産から当該退職社員に退職金を支払うようになっていたこと、清水水産は、被告が昭和五三年九月三〇日清水水産から独立した際、被告に対し、昭和五三年一〇月一二日付けの「SGK退職金明細」と題する書面(〈証拠〉)を送付したが、これには清水水産から被告へ出向していた者について、被告に留まることを望んだ者(原告を含む四名)と清水水産に戻ることを望んだ者(八名)について、当時の時点での退職金額を計算し、前者について清水水産が負担し、被告に送金すべき分と、後者について被告が負担し清水水産に送金すべき分とを合計し、その両者の差額を清水水産が被告に送金する旨の記載があること、また、右書面に記載された甲賀実は、原告と同様清水水産から被告に出向し被告に留まることになった者であるが、その退職金として記載された清水水産分五二二万円、被告分一一四万三〇〇〇円の合計六三六万三〇〇〇円は、昭和五四年一月二五日に被告から右甲賀に支払われた退職金額と一致すること、さらに、右書面に記載された原告の退職金合計額は六一二万三〇〇〇円であるが、これは前記計算によって算出した六一二万二三二五円とほぼ一致することが認められる(なお、清水水産が作成したと認められる〈証拠〉には、原告の退職金を計算した結果として六一二万二三二五円との記載がある。)。右認められる事実によれば、昭和五三年九月三〇日に被告が清水水産から独立する際、清水水産と被告との間で、清水水産から被告に出向していた者のうち、以後被告の社員として勤務することを希望した者については、その退職金のうち清水水産で勤務していた期間に相当する部分は清水水産が、被告で勤務していた期間に相当する部分は被告がそれぞれ負担することにし、その合計額を被告から被告を退職する際に当該社員に支払う旨の合意があったものと認めるのが相当である。

なお、右合意は清水水産と被告との間のものであり、これにより直ちに原告が被告に対する退職金相当額の請求権を取得するものとはいえないが、右合意は退職金の支払を受けるについて利益を有する原告のために行われたものであるから、民法五三七条以下の定めるいわゆる第三者のためにする契約にあたるものであると解されるところ、原告は昭和六〇年五月二五日ころ、被告に対し右金額を含め退職金を支払うよう請求しているのであるから(被告はこれを明らかに争わないので、自白したものとみなす。)、原告はこれにより被告に対し民法五三七条二項の意思表示をしたものということができ、結局、原告は被告に対し、右六一二万二三二五円の支払請求権を有するものというべきである。

五すでに認定した事実に、〈証拠〉を総合すれば、原告は昭和五九年一二月四日に被告の定める停年に達し、以後自己都合により退社する昭和六〇年三月三一日まで嘱託社員として被告に勤務したこと、昭和五九年一二月四日当時、被告の退職金規定は清水水産のものと同様であったこと、原告が被告に社員として勤務したのは、昭和五三年九月三〇日から昭和五九年一二月四日までの六年二か月であったこと、これに対応する支給率は1.1であること、また昭和六〇年三月三一日当時、被告の退職金支払特例により、停年以後の退職金計算は、退職時の基本給の三分の一を支給することとされていたこと、退職当時の原告の基本給は一か月一三万五三〇〇円であったことが認められる。これらに基づいて被告が原告に対して支払うべき退職金の額を計算すれば、昭和五三年九月三〇日から原告が停年に至るまでの分は九一万七七八五円、原告の停年後の分は四万五一〇〇円で、合計九六万二八八五円となる。そして、〈証拠〉によれば、原告は被告から、昭和六〇年五月一五日に退職金としてすでに二〇万四八二八円の支払を受けていることが認められるから、結局、原告が被告に対して請求しうるのは七五万八〇五七円である。

六以上によれば、原告の本訴請求は、六一二万二三二五円と七五万八〇五七円を合計した六八八万〇三八二円を求める限度で理由がある。また、原告のする遅延損害金の請求のうち、右六一二万二三二五円については、原告が被告に対し、民法五三七条二項の意思表示をした日の翌日である昭和六〇年五月二六日以降の分を求める限度で、また、七五万八〇五七円についても、右請求権が原告の退職によって当然に遅滞に陥るものであることを認めるに足りる証拠はないから、原告が被告に対して現実に退職金の支払を請求した日の翌日である昭和六〇年五月二六日以降の分を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官磯部喬 裁判官伊藤紘基 裁判官濱口浩)

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